社員インタビュー動画や採用動画は、出演している本人がいて初めて成り立つコンテンツです。だからこそ、公開から数年たって「退職した社員から動画を消してほしいと言われた」という相談が起きやすくなります。
もうひとつ見落とされがちなのが、制作会社に外注した動画の著作権です。納品されたデータを持っていても、契約の書き方によっては再編集や別媒体への転用に制限がかかる場合があります。
本記事では、社員が出演する動画に関わる権利を、法令・判例・公的資料をもとに整理します。撮影前に決めておけば防げることがほとんどなので、企画段階の確認リストとして使ってみてください。
なお、本記事は一般的な情報の整理です。個別の案件での判断は、弁護士など専門家にご相談ください。
この記事でわかること
- 社員出演動画に関わる3つの権利 — 肖像権、著作権、個人情報
- 退職した社員の動画の扱い方 — 削除を求められたときの考え方と選択肢
- 出演同意書に入れておきたい7項目
- 外注した動画の著作権 — 契約書で確認したい3つの条項
- BGM・素材・写り込みの注意点
社員出演動画に関わる3つの権利
社員が出演する動画には、性質の違う権利が重なっています。トラブルの多くは、どの権利の話をしているのかが曖昧なまま進むことから起きるものです。
- 肖像権 — 出演者本人の、顔や姿をみだりに撮影・公開されない利益
- 著作権 — 完成した動画そのものの権利。誰が持つかは契約で変わる
- 個人情報 — 本人が判別できる映像は、個人情報保護法上の個人情報にあたる
個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)では、個人情報に該当する事例として「防犯カメラに記録された情報等本人が判別できる映像情報」が挙げられています。社員の顔と氏名、所属部署が映る動画は、典型的な個人情報だと考えておくのが自然です。
この3つは、社内で担当部署が分かれがちな権利でもあります。肖像権と個人情報は人事・総務、著作権は広報や制作の発注担当というように、社内で窓口が割れていないかも確認しておきたいところです。
肖像権は条文がなく、判例で判断される
肖像権という言葉は日常的に使われますが、法律に明文の規定はありません。判断の拠りどころは判例です。
最高裁が示した「受忍限度」の考え方
最高裁は平成17年11月10日の判決(法廷内撮影事件)で、人はみだりに自己の容ぼう等を撮影されない人格的利益を持つと判示しました。そのうえで、無断の撮影がただちに違法になるのではなく、撮影された人の社会的地位、活動内容、撮影の場所・目的・態様・必要性などを総合的に考えて、社会生活上受忍すべき限度を超えるかどうかで判断するとしています。
有名人の「パブリシティ権」とは別の話
もうひとつよく引かれるのが、平成24年2月2日の最高裁判決(ピンク・レディー事件)です。この判決は、肖像が持つ顧客吸引力を排他的に利用する権利を「パブリシティ権」として認めました。
ただ、パブリシティ権が問題になるのは、主に芸能人など顧客吸引力を持つ人の肖像です。一般の社員が出演する採用動画やインタビュー動画で中心になるのは、前述の肖像権のほうだと整理しておくとわかりやすくなります。
退職した社員の動画は公開し続けてよいのか
ここがいちばん相談の多い論点です。結論から言うと、出演時の同意の内容と経緯によって答えが変わります。
削除を求められる可能性は高い
弁護士ドットコムニュースの記事(島田直行弁護士への取材)では、社員が自社の動画に出演するのは「自社の社員であること」が暗黙の前提になっており、退職によってその前提が崩れると説明されています。そのため元社員は肖像権を根拠に削除を求めることができ、会社が応じない場合は慰謝料請求の可能性もあるという見解です。
同じ記事では、上下関係を利用して事実上断れない形で取った同意は、無効になる可能性があるとも指摘されています。
退職だけで必ず削除義務が生じるとは限らない
一方で、弁護士法人川越みずほ法律会計の解説(2026年5月)では、退職後に削除や掲載停止を求めることは可能だとしつつ、退職したという事実だけで会社に必ず削除義務が生じるわけではないと整理しています。撮影の経緯、事前の説明内容、利用目的、同意の範囲、掲載場所、退職後も掲載する必要性、本人の不利益などを総合して判断する、という考え方です。
2つの見解は矛盾しているわけではありません。同意の範囲がはっきりしていない動画ほど、削除に応じるべき場面が増えると読むのが実務的だと思います。
削除を求められたときの選択肢
申し出があったときは、いきなり全面削除か拒否かの二択にせず、次の選択肢から本人と相談して決めるとこじれにくくなります。
- 動画の公開を停止する — もっとも確実。外部サイトへの転載や広告配信も止める
- 該当シーンを差し替える — 複数人が出演する動画なら、本人の出演部分だけ再編集する
- 氏名や役職の表示を外す — 顔は残しつつ、テロップの氏名や現在の所属を削除する
- 掲載場所を限定する — 採用サイトの一部や社内向けに用途を絞る
- 期限を決めて掲載を続ける — 次の動画への差し替え時期まで、と期限を合意する
どの選択肢を取る場合も、本人とのやり取りは書面かメールで残しておくのがおすすめです。
出演同意書に入れておきたい7項目
退職後の扱いで揉めないための対策は、撮影前の同意書に尽きます。口頭の了承やチャットでの「OKです」だけで撮影を進めてしまうと、何年もたってから同意の範囲を説明できなくなります。
- 利用目的 — 採用広報、会社紹介、営業資料など、何のために使うのか
- 掲載媒体 — 自社サイト、採用サイト、YouTube、SNS、広告配信、展示会など
- 掲載期間 — 期限の有無と、期限が来たときの扱い
- 表示する情報 — 氏名、役職、所属部署、入社年など、テロップに出す範囲
- 二次利用の範囲 — 切り抜き動画、静止画の切り出し、記事やパンフレットへの転用
- 退職・異動時の扱い — 退職後も掲載するのか、申し出があれば停止するのか
- 撤回の窓口 — 退職後に連絡する先(部署名とメールアドレス)
特に6番と7番は、在職中には意識されにくい項目です。退職後の扱いを先に決めておくことは、出演する社員の安心にもつながります。「出演すると辞めた後も残り続けるのでは」という不安が、出演を断る理由になっているケースも少なくありません。
同意書は、出演する社員に内容を説明したうえで、本人が断れる状況で署名してもらうことが前提です。前述のとおり、事実上断れない形で取った同意は効力を問われる可能性があります。
外注した動画の著作権は契約で決まる
社員の肖像権とは別に、完成した動画の著作権にも注意が必要です。動画は著作権法上、多くの場合「映画の著作物」として扱われます。
「納品された=自社のもの」とは限らない
著作権法第29条では、映画の著作物の著作権は、著作者が映画製作者(製作に発意と責任を持つ者)に参加を約束している場合、その映画製作者に帰属すると定めています。
外部の制作会社に委託した動画では、発注側と制作会社のどちらが映画製作者にあたるかは、費用負担や制作体制などの事情によって判断が分かれるところです。また、業務委託や請負では制作会社は独立した事業者なので、社員が職務上つくる場合の「職務著作」(第15条)の規定も原則として当てはまりません。
つまり、契約書に著作権の扱いを書いておかないと、権利が誰にあるのかがはっきりしない状態になります。
契約書で確認したい3つの条項
1つ目は、著作権の譲渡と「第27条・第28条」の特掲です。
著作権法第61条第2項は、著作権を譲渡する契約で第27条(翻訳権・翻案権等)と第28条(二次的著作物の利用に関する権利)が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は譲渡した側に留保されたものと推定するという規定です。文化審議会の資料でも、単に「全ての著作権を譲渡する」と書くだけでは特掲の要件を満たさないと解されているとの説明があります。再編集や短尺版の制作を予定しているなら、「著作権(著作権法第27条及び第28条の権利を含む)を譲渡する」と明記されているかを確認してください。
2つ目は、著作者人格権の不行使です。
著作権を譲渡しても、著作者人格権(公表権・氏名表示権・同一性保持権)は著作者に残ります。この権利は譲渡できないため、発注側が編集や改変を行う可能性がある場合は、制作会社が著作者人格権を行使しない旨の特約を入れるのが一般的です。
3つ目は、素材データと第三者素材の扱いです。
撮影した素材データやプロジェクトファイルを納品物に含むのか、BGMやストック素材など第三者の素材のライセンスを誰が処理し、どの範囲で使えるのかも、契約で決めておくと後から困りません。
制作会社によっては、著作権を譲渡しない代わりに広い利用許諾を付ける契約にしている場合もあります。どちらが良い悪いではなく、自社がやりたい使い方(再編集、広告配信、SNS用の切り抜きなど)が契約の範囲に入っているかを確認することが大切です。
BGM・素材・写り込みで見落としやすい点
BGMは「広告目的」かどうかで手続きが変わる
JASRACの案内によると、JASRACと利用許諾契約を結んだYouTubeなどの動画投稿サービスに動画を投稿する場合、通常は個別の申込みが不要です。ただし、企業や商品の広告内容と楽曲を組み合わせて複製する場合は「広告目的複製」として、事前の手続きが必要とされています。広告主のウェブサイトで配信する場合も別途申込みが必要です。
さらに、市販のCD音源などを使う場合は、作詞・作曲の著作権とは別に、音源製作者やアーティストの権利(著作隣接権)の許諾も必要になります。採用動画や会社紹介動画は企業の広報にあたるため、BGMは制作会社が権利処理済みの音源を使うのが現実的です。
ストック素材はライセンスの範囲を確認する
写真・映像・BGMのストック素材は、サービスごとに商用利用の可否、広告利用の可否、クレジット表記の要否が異なります。特にプランによって広告利用が除外されている場合があるので、どの媒体まで使えるかを確認しておきましょう。
写り込みは「付随的」なら認められる
オフィスで撮影すると、ポスター、絵画、他社のロゴなどが背景に映ることがあります。著作権法第30条の2では、撮影の対象から分離することが困難なため付随して写り込む著作物(付随対象著作物)について、一定の範囲での利用を認める規定です。文化庁も、いわゆる「写り込み」に関する規定として解説を公開しました。
ただし、著作権者の利益を不当に害する場合は対象外です。また、写り込みの規定は著作権の話であり、背景に映った社外の人や、出演に同意していない社員の肖像権の問題は別に残ります。撮影当日は、背景に映る人や掲示物を事前に確認しておくのが確実です。
撮影前に確認するチェックリスト
- 出演する社員全員から、7項目を含む出演同意書をもらったか
- 同意書に退職・異動時の扱いと撤回の窓口を書いたか
- テロップに出す氏名・役職の範囲を本人と確認したか
- 制作会社との契約に、著作権の帰属(第27条・第28条の特掲を含む)が書かれているか
- 著作者人格権の不行使特約が入っているか
- BGM・ストック素材の利用範囲が、予定している媒体をカバーしているか
- 撮影場所の背景に、社外の人や権利の確認が必要な掲示物が映らないか
撮影当日の準備については「動画撮影当日のチェックリスト」もあわせてご覧ください。
よくある質問
Q1. 同意書なしで撮影した過去の動画はどうすればいいですか?
いま在籍している出演者には、あらためて同意書をお願いするのがおすすめです。すでに退職した出演者がいる場合は、連絡が取れるなら意向を確認し、取れない場合は該当シーンの差し替えや公開停止も含めて検討すると安全です。
Q2. 同意書に「退職後も無期限で使用できる」と書いておけば安心ですか?
書いておくことに意味はありますが、それだけで必ず削除を拒めるとは限りません。前述のとおり、同意の経緯や掲載の必要性、本人の不利益などを総合して判断されるという見解があります。期限や申し出があった場合の扱いを具体的に決めておくほうが、結果的にトラブルを防ぎやすくなります。
Q3. 制作会社から納品された動画を、自社で短く編集し直してもいいですか?
契約内容次第です。著作権の譲渡に第27条・第28条の権利が特掲されているか、著作者人格権の不行使特約があるか、あるいは利用許諾の範囲に再編集が含まれているかを確認してください。判断がつかない場合は、制作会社に一言相談するのがいちばん早い方法です。
まとめ
主要ポイント
- 社員出演動画には3つの権利が関わる — 肖像権、著作権、個人情報
- 退職後の削除は同意の内容次第 — 範囲が曖昧なほど、削除に応じるべき場面が増える
- 同意書の7項目 — 目的・媒体・期間・表示情報・二次利用・退職時の扱い・撤回窓口
- 外注動画の著作権は契約で決まる — 第27条・第28条の特掲と著作者人格権の不行使を確認
- BGMと素材は利用範囲を確認 — 広告目的の利用は手続きが別になる
次のステップ
- 出演同意書のひな形を、人事・広報・法務で一度すり合わせる
- 公開中の社員出演動画を棚卸しし、同意書の有無を確認する
- 次の制作では、見積もりの段階で著作権と素材の扱いを制作会社に確認する
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参考ソース
- 著作権法(e-Gov法令検索) — 第15条、第29条、第30条の2、第61条第2項
- いわゆる「写り込み」等に係る規定の整備について(文化庁) — 付随対象著作物の考え方
- 著作権分科会 法制問題小委員会 資料(文化庁・文部科学省) — 第61条第2項の特掲の要件
- 個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)(個人情報保護委員会) — 本人が判別できる映像情報の扱い
- 広告での音楽利用(JASRAC) — 広告目的複製の手続き
- YouTubeなどの動画投稿(共有)サービスでの音楽利用(JASRAC) — 投稿サービスでの音楽利用
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